大愚先生が、「医者どもの頭の中で、真実性が統計的有意差+再現性と置き換えられているのを発見した」といっておるがまことそう思う。検査結果をみてきまった処方するだけだからなあ、統計的有意差内であれば本みたりコンピュータみたりすれば答えがあるから、医者としての独自判断などとんでもなくリスクが大きいからする分けない。
西洋医学の対極として東洋医学、医学のことはこの程度しかわからんが、薬の出しすぎだわ、どこかのおばさんが、「デパートの袋三つ分の薬が~くすりガァ~」と喋って居ったが、患者はもらった薬をまるまる飲んでない。これ飲むと目が回る、悪うなるとか、それでもぼそぼそとしか医者に文句いわない。
だよな、患者の身としてあれも意識せんといかんし、勉強せんと、わからん薬処方されて回復どころか、後々、みょうちくりんになることだってある。そう、医者からみはなされたり嫌われるのも怖いからなあ。
んで、どうしても治らんし医者もおれんちには手に負えないから大病院紹介する、と、いうこと聞いて大病院いっても別に田舎病院と似たようなことしかせんこともあるし、大病院で、何処悪いここ患ってるいうと、「ここ何処だとおもってるんやそんなの知らん」では済まされず、何かせんとあかんので対処療法的薬の処方ばかり、「このままおると死んでしまう」と、逃げ帰る患者もおおいような話だ。でも、逃げ帰れればいいのだが。
ぐちグチここも悪いあそこも患っておるなど、先生や看護婦さんに言わぬこと。もう若いころにはもどれないので、そんなことより、こんなにいっぱい薬を処方されてもとか点滴ばかりで大丈夫か、と、おもう正常なこころとエネルギーの余裕があるうちに病院から逃げ出すことだ。
(貼付け開始)
2011/11/2
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「医者が科学をまじないのように思っているのを発見した」
科学的、とは事実性ということであるが
科学者モドキの医者どもの頭の中で、真実性が統計的有意差+再現性と置き換えられているのを発見した。
これはじつは、魔術信仰と同じなのである。
これは。。嘘がバレて大騒動の「金融工学」と同じ手法ですね。
統計的有意差とはまず対象が正規分布をしなくてはならぬ。そのためには対象事象には大数の法則を満足するほどの事象数がなくてはならぬ
では歴史は事実でないのか? 自発性対称性の乱れを対象事象が常に起こしているのが歴史的経過というものである。決して再現しない。
じつは自然界の事象においては再現性のない歴史的事象の方が多いのである。時間性の不可逆過程の支配下では事象の連鎖が事実を作るが、再現性はないのが通例。
医者がお勉強馬鹿の巨大な集団にすぎないことを昨日発見した。。。。
こんな単純な脳みそではころりとだまされて毒物やゴミを平気で処方するはずである。。
統計的有意差は何のためにあるかというと、極端に言うと、再現性のある大数事象をもとに商品化すると大量に売れる、ということです。だから薬屋さんがお好き。
大数事象でない、個人のスキルみたいなものはどうなるかというと、小金はたまるが疲れ果てて、小金を使う暇もなく、働きすぎて病を得て。。頓死。
これが本当の医者の運命です。つまり。。おいしい小料理屋の板前親父とか、上手唄うたいとか、親切なクリーニング屋さんとか。。。みんなとおなじ。。。。
久しぶりの大愚の教訓ジジイ狂歌:陰徳を つむこそ誉れ 栄えあれ 万物流転、他に何ありや?